敏感肌ケアの科学 — 第7話
皮膚のマイクロバイオームと敏感肌——
常在菌は敵ではなく、バリアを守るパートナー
皮膚の表面には数百種、数千億を超える微生物が暮らしています。「菌=除去すべき敵」というイメージは、皮膚科学の観点からは正確ではありません。常在菌は皮膚のバリア機能を支える重要なパートナー。そのバランスが崩れるとき——それが「ディスバイオシス」——敏感肌・ニキビ・炎症の引き金になります。菌との付き合い方を変えるスキンケアの考え方を解説します。
※ 本コラムは皮膚科学に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の商品・成分の効果・効能を示すものではありません。皮膚疾患が疑われる場合は皮膚科専門医にご相談ください。
人体を構成する細胞は約60兆個。一方、人体に棲息する微生物の細胞は数百兆個とも言われています。私たちは「ヒト」であると同時に、無数の微生物と共存する「超生命体」です。皮膚においても同様で、この微生物たちをただ除去しようとするのではなく、そのバランスを整えるという発想が、敏感肌ケアの新しい軸になりつつあります。
「マイクロバイオーム」と「細菌叢」——まず言葉を整理する
スキンケアの文脈でよく使われる「マイクロバイオーム」という言葉は、近年の研究の進展とともに定義が整理されてきました。似た言葉が複数あるため、まず整理しておきます。
本コラムでは、細菌・真菌などを含めた皮膚の微生物全体を指す言葉として「マイクロバイオーム」を使います。皮膚の表面には約100〜1,000種以上の微生物が相互作用しながら共存しており、これを「皮膚マイクロバイオーム」と呼びます。
健康な皮膚のマイクロバイオーム——善玉菌・日和見菌・悪玉菌
健康な皮膚のマイクロバイオームは、大きく「善玉菌」「日和見菌」「悪玉菌」の3つに分類できます。ただしこの分類は固定的なものではなく、環境や菌の量的バランスによって同じ菌が有益にも有害にもなり得ます。
マイクロバイオームとバリア機能・pHの関係
第3話で解説したように、皮膚表面のpHは弱酸性(4.5〜5.5)に保たれることでカリクレイン5(KLK5)の過剰活性化が抑制されています。この弱酸性環境の維持に、皮膚常在菌が重要な役割を果たしています。
C. acnesは皮脂のトリグリセリドを分解して短鎖脂肪酸(プロピオン酸など)を産生し、皮膚表面のpH低下に寄与します。S. epidermidisも抗菌物質を産生し、黄色ブドウ球菌など病原菌の定着を競合的に阻害します。健康な皮膚のマイクロバイオームは、バリア機能を「外から支える」生態系として機能しているのです。
疾患別マイクロバイオームの変化——何が「乱れる」のか
皮膚疾患では、マイクロバイオームの構成が健康な皮膚と大きく異なることが多くの研究で示されています。ただし「乱れが先か、疾患が先か」という因果関係については研究が進んでいる段階のものも多くあります。
| 疾患 | マイクロバイオームの主な変化 | 関連するメカニズム |
|---|---|---|
| ニキビ | ↑ C. acnes(RT4・RT5)↓ C. acnes(RT6) | 皮脂腺での炎症性サイトカイン産生増加。TLR2を介した免疫応答の活性化。 |
| アトピー性皮膚炎 | ↑ S. aureus↓ S. epidermidis↓ 多様性全般 | S. aureusの毒素がバリア機能を破壊し、Th2型免疫応答を増強。炎症の悪循環を形成。 |
| 酒さ(ロザセア) | ↑ ニキビダニ(Demodex)密度↑ 関連細菌 | ニキビダニ(Demodex)とTLR2を介した炎症経路の活性化。KLK5との連動も示唆。詳しくは第10話で解説。 |
| 脂漏性皮膚炎 | ↑ Malassezia(過剰増殖) | Malasseziaが皮脂を分解して遊離脂肪酸を産生し、炎症を惹起。皮脂分泌量の多い部位で顕著。 |
アクネ菌の真実——「菌の種類」が問題であって、菌自体ではない
「ニキビの原因菌=アクネ菌」というイメージが広く定着していますが、これは正確ではありません。アクネ菌(Cutibacterium acnes)は健康な皮膚にも存在する常在菌であり、通常は皮膚にとって有益な役割を担っています。
皮脂を分解してプロピオン酸などの短鎖脂肪酸を産生し、皮膚表面のpHを弱酸性に保つことで病原菌の増殖を抑制する——これがアクネ菌の「善玉」としての顔です。問題になるのは、アクネ菌の中に複数の「リボタイプ ribotype(RT)」と呼ばれる遺伝的なサブタイプが存在し、そのサブタイプによって性質がまったく異なることです。
この知見から導かれる重要な結論があります——「アクネ菌を殺菌・除去する」アプローチだけでは不十分で、かえってマイクロバイオーム全体のバランスを崩してしまうリスクがあるということです。RT6のような有益な株まで除去してしまえば、かえって悪玉菌が増殖しやすい環境をつくってしまいます。「菌を殺す」のではなく「有益な菌が育ちやすい環境を整える」——これが現代の皮膚科学が示す、より適切なアプローチです。
ディスバイオシスとは——何がマイクロバイオームを乱すのか
マイクロバイオームのバランスが崩れた状態を「ディスバイオシス(dysbiosis)」と呼びます。ディスバイオシスは単に「菌が減る」のではなく、多様性の低下・特定の菌の過剰増殖・菌の構成比の変化として現れます。
- 病原菌の競合的な増殖(S. aureusなど)——有益菌による抑制が失われる
- 皮膚表面のpH上昇——KLK5の過剰活性化リスクが高まる(第3話参照)
- 抗菌ペプチドの産生低下——皮膚の自然免疫が弱まる
- バリア機能のさらなる低下——炎症との悪循環が始まる
- 皮膚の多様性低下——外部環境への適応力が落ちる
マイクロバイオームを育てる3つのアプローチ
腸内環境の文脈で広く知られるようになった「プロバイオティクス」「プレバイオティクス」という概念は、皮膚のスキンケアにも応用されつつあります。さらに近年は「ポストバイオティクス」という概念も注目されています。
プレバイオティクスの「選択性」が重要な理由
プレバイオティクスとして重要なのは、すべての菌に対して無差別に栄養を与えるのではなく、有益な菌が選択的に利用できるという「選択性」を持っていることです。選択性のない成分では、悪玉菌も一緒に増殖させてしまうリスクがあります。
クロレラの細胞壁から抽出した多糖類を主成分とするプレバイオティクス原料では、in vitro試験において表皮ブドウ球菌(善玉菌)の増殖を促進する一方、黄色ブドウ球菌やMalassezia restricta(悪玉菌)の増殖を抑制するという選択性が報告されています。また、ケラチノサイトによる抗菌ケモカイン(CXCL10)の分泌を促進し、TLR2を介した炎症経路に関わるIL-6産生を抑制する可能性も示されています(いずれもin vitro試験)。
マイクロバイオームを意識したスキンケアの実践
マイクロバイオームへの理解を、日常のスキンケアにどう活かすか——第4話の4ステップと組み合わせた視点で整理します。
- 洗いすぎない:1日2回以上の洗顔・抗菌成分を含む洗顔料の常用はマイクロバイオームの多様性を損なう可能性がある
- 弱酸性処方を選ぶ:皮膚表面のpHを弱酸性に保つことが有益な常在菌の生育環境を維持する(第3話参照)
- 殺菌・抗菌成分の多用を避ける:高濃度アルコールの連用は常在菌全体を減らすリスクがある
- プレバイオティクス成分を含む製品を選ぶ:有益な常在菌を育てるアプローチを保湿ステップに取り入れる
- 多様性を意識した成分選択:単一の抗菌アプローチより、マイクロバイオーム全体のバランスを整える発想を持つ
シェルシュール(cherchœur)のアプローチ
まとめ——「菌を除去する」から「菌と共存する」スキンケアへ
皮膚のマイクロバイオームは、バリア機能を外側から支える生態系です。アクネ菌は「ニキビの原因菌」ではなく、特定のribotypeが問題になる日和見菌です。ディスバイオシスは過剰な洗浄・抗菌成分の多用・pH上昇などによって起こり、敏感肌・炎症・バリア機能低下の悪循環を招きます。
プレバイオティクスという発想——有益な菌が育ちやすい環境を整える——は、「菌を殺す」という従来型のアプローチとは根本的に異なります。皮膚科学の最前線が示す「マイクロバイオームとの共存」という視点を、日常のスキンケアに取り入れることが、敏感肌の改善への新しい道筋のひとつです。
次回(第8話)では、敏感肌と紫外線の関係に焦点を当てます。敏感肌の方が紫外線に特に注意が必要な科学的な理由と、正しい日焼け止めの選び方を解説します。